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市内ツアー

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ナポリ観光局は、古代の遺跡や中世時代のなごりを色濃く残している、世界でも数少ない街であるナポリの貴重さ、素晴らしさを私たちに伝えようと日々努力をしています。たとえば2001年に刊行した旧市街の地図は、ロマネスク・中世・ルネッサンス・バロック/ロココと4つの美術年代別に分けられており、これによって観光客のみなさんが、街の美術的知識を、難しく考えることなく楽しむことができます。

ナポリの旧市街を見ると、実にさまざまな時代の建築物・遺跡が密接し共存していることに気がつくでしょう。これらの年代の幅は約2500年にもなります。たとえばローマの街でフォア・インペリアーリのすぐ近くにバロックの教会が建っていることはありませんし、パリのノートルダム寺院やエリザベス1世時代のロンドン、皇帝ハブスブルク家時代のウィーンは、火事などにより当時の面影はなくなってしまいました。スペインの首都であるマドリッドさえも「昨日生まれた街」と言われているように歴史は浅いのです。ナポリはそういう意味であらゆる時代のものが美しく調和している唯一の街、といっても過言ではありません。

サン・ガエターノ広場は、古代ギリシャとローマ時代の面影を色濃く残しています。例をあげると、バロック建築のサン・パオロ・マッジョーレ教会には、コリント式の円柱とディオスクリの時代の壁が残り、1300年代に建てられたサン・ロレンツォ・マッジョーレ教会の地下には初期キリスト教時代のバジリカの床が発見され、さらに下層部には、古代ギリシャ時代の商店跡、ローマ教皇庁跡がはっきりと残っています。

ここには、当時の市民達の社交の場である公共広場(フォロ)がありました。広場からは3つの主要道路が通り、そのひとつはデクマーノ・マッジョーレと呼ばれていたもので、現在のトリブナーレ通りにあたります。現在のサピエンツァ通りからサンティシミ・アポストリ広場までは、デクマーノ・スペリオーレと呼ばれていました。3本目のデクマーノ・インフェリオーレは現在のサン・ドメニコ・マッジョーレ広場からフォルセッラ通り沿いにある、ギリシャ時代の壁まで続いていました。これら3本の主要道路は、たくさんの小さな通り(カルディネス)によって結ばれていました。これら基本の小さな通りはナポリ・ビザンチンに生まれ、中世、ルネッサンス、バロックそして今日まで形を少しずつ変えてきました。

前述の通り、この街には過去2500年にわたる各時代の建築物・遺跡が共存しています。フォロの時代市場があった場所には、現在も野菜や魚を売る屋台が並んでいます。少し先を歩いてみましょう。プルガトリオ・アド・アルコ教会があります。これは死者礼拝をするために建てられました。これらの死者礼拝は、ギリシャ時代に起因しています。サン・グレゴリオ・アルメーノ通りにある、モニュメントの台座には、豊かさの象徴である神・チェレレの姿が見られます。サン・グレゴリオ・アルメーノ教会の中には、この神・チェレレのために建てられた教会の壁の一部が残っています。同じ教会内部では結婚を控えた若い女性が多産の神・聖パトリツィアに祈る姿が見られます。

時代が流れ、市民や教会の好みも変わってきました。これは時代の移り変わりには当然の出来事といえ、これからもナポリは、その姿を少しずつ変えていくでしょう。

事実、アラゴン家統治下に置かれたナポリでは、アンジュー家とカタルーニャ統治時代の教会は、その姿を変えざるおえませんでした。現在残っている15、16,17世紀の大理石の装飾や絵画はアラゴン家統治以後のものです。これらの説明からもわかるとおりに、地図上違う時代に、同じ教会やモニュメントを見つけることがたびたびあるのです。


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